子宮体癌・卵巣癌 治療体験記(2025年4月)「腸閉塞で緊急手術」

子宮体癌の治療で、手術後TC療法5クール目が終わりました。いつものように、ふらつき、足裏の痺れなどの副作用がありました。その抗がん剤点滴から1週間もたたない、そんな矢先、突然夜中に腹痛、嘔吐が起こりました。そして未明に救急外来を受診。結果は、腸閉塞。すぐに緊急手術となりました!人生最大のピンチでした。その経過を書いてみます。

目次

夜中の腹痛と嘔吐

4月のとある土曜日は、お花見日和でした。短時間だけど、川沿いのサクラ並木を杖をつきながら夫と歩きました。結構疲れたので、翌日曜は、ほぼ横になっていました。夕飯は、頂き物のワカメを使った味噌汁と酢の物を作り、メインは豚肉でトンテキをつくり、レタスをそえてがっつり食べました。

そして、夜中に腹痛で目が覚めました。ちょうどおへその辺りが痛みます。トイレにいきましたが、下痢ではありません。少量の普通の便がでました。そして、吐き気がきました。なかなか、嘔吐できず、苦しい時間が過ぎました。時計をみると夜中の2時半でした。しばらくして、やっと吐けるようになりましたが、吐いても吐いてもまったく楽になりません。吐くときかなり腹圧がかかり、ついには失禁までしてしまいました。暑くないのに汗をかきパジャマの襟がびっしょりとぬれていました。これは、ただごとではない、食中毒系ではない。病院へいかねばと直感しました。

救急外来受診

救急車を呼ぼうかと思いましたが、夫が出勤前で顔を洗ったりしていたので、自家用車で連れて行ってもらうことにしました。
副作用のときの連絡方法が書いてある病院からのメモをみて、早朝6時ごろ、病院の代表に電話をし、名前、診察券番号、抗がん剤治療5回目であること、主治医、現在の症状を伝えました。「時間外なので追加で5500円かかりますけどいいですか?」と確認があり、了解しました。もう、はやくなんとかしてもらわないと、ヤバイ状態です。電話口に宿直の医師がかわり、「すぐこれますか?」と。「30分後にいきます。」と伝えました。「その時間はもう別の担当医になっているので、引き継いでおきます」と。


夫はすぐに車を準備してくれたのですが、嘔吐が続き、お腹も激痛でなかなか車に乗るタイミングがつかめませんでした。しかし、なんとか車の後部座席になだれ込むように乗りました。
15分立たずに病院に着いたのですが、この時間が長かったです。でも、救急車を待つよりはやかったと思います。

救急外来の受付は、総合入り口横にあるのですが、間違って救急車用の入り口に入りました。意識朦朧としていましたがなんとか歩いて中に入りました。夫は車を駐車場にいれにいきました。入り口をフラフラとはいると、「違いますよ」と、救急外来受け付けに案内してもらいました。カウンターにすがりつき、しゃがみこみました。受付のお兄さんが「大丈夫ですか?」と、「だいじょうぶじゃないです」と私。お兄さんは、あらかじめ私が電話で伝えた内容を書類に記入してくれたようで、「では、つらい時すいませんが、ここにサインだけください」といってくれ、すぐに車椅子に乗せて、奥の処置室に連れて行ってくれました。ここでちょっと一安心。

ベットに寝かせてもらい、すぐに治療着に着替えました。電話口で嘔吐のとき失禁するといっていたので、すぐに紙おむつをつけてくれました。意識があるときに紙おむつを着用したのは、人生初でした!ちなみに、この時はほぼ胃の中のものを出し切っていたので、これ以降、失禁はしませんでしたが、、、
すぐに痛み止めの点滴がはじまりました。少し楽になりました。でもお腹の痛みは完全にはとれてません。トイレにいきたくなり、伝えると車椅子に乗せてくれました。その途中にまた嘔吐が起こり、スタッフの方が、サっと、容器をだしてくれました。さすが、抜かりない対応。

そして、レントゲン室へいき、レントゲンをとりました。あまり覚えていませんが、造影剤入りのCTもとりました。

緊急手術

緊急入院

消化器外科の先生が二人きて、お腹を診察してくれました。そして、夫がようやく私のいる処置室によばれました。ここまで3時間ぐらい待合室で待っていたそうです。先生いわく、「痛み止めの点滴を続けて、しばらく絶飲食をして様子をみましょう。入院です。」となりました。「場合によっては、手術になるかもしれません」とのこと。このときは、「えっ! 手術ですか?」と私。大げさだなあと内心思っていました。婦人科の先生も様子を見にきてくれました。

緊急入院がきまり、婦人科の個室に移動することに。夫もよばれ、いっしょに婦人科の病室へ移動しました。最近2度も入院した病室です。ここでまたホっとしました。病室の布団が暖かかったです。

痛み止めの点滴が効いて、私は落ち着いてきたので、昼前に夫はいったん帰宅しました。着替えや洗面具など、入院用のグッズを用意してまたきてくれるとのこと。

しばらくして、また、嘔吐がはじまり、お腹の痛みもひどくなりました。もう、吐くモノは胃液しかなく、紫がかった緑色の液体がでるのみ。

それから数回吐き、お腹の痛みに耐えかねて、「痛いよぉ~、いたいよぉ~」と子供のように声に出していました。だまって痛みに耐えるより、いくらかマシな感じです。ナースコールを押しました。痛み止めの点滴が追加されました。嘔吐物を処理したり、点滴をしたりでベットのまわりに4人ぐらい看護師さんたちがきていました。

また、レントゲン室によばれました。お腹の痛みがおさまっていた時間だったので、車椅子で移動しましたが、レントゲン室直前で痛みがひどくなり、途中ストレッチャーに移してもらいました。そのときも4人ぐらい看護師さんが対応してくれました。

嘔吐が頻繁なので、鼻からチューブをいれ、胃液を外にだすドレーンを装着することになりました。最初左の鼻の穴からチューブをさしましたが、うまくいかず、右からいれました。「痛いね~、ごめんね~、がんばって~。」と主治医と看護師さんたちに励まされ、痛みと不快感に耐えました。半透明のチューブから緑色の液体が出ているのがみえました。

麻酔に逆らう?!

レントゲンの結果と採血の結果がでたからか、20時から緊急手術することがきまりました。こんな夜に?! ドラマみたいです!
看護師さんから、夫に電話しているが、つながらないとのこと。私がLINEをいれて連絡しました。夫は私が送ったメモをみて、入院グッズをそろえているところでした。ある程度そろえて、すぐにまた、病室にきてくれました。緊急手術にあたり家族の同意が必要なのです。

消化器外科の先生が2人ぐらいきて、夫に緊急手術の説明をしていました。私はあまり記憶がありません。「腸がねじれていて壊死しているかもしれない。小腸を切除、人工肛門造設の可能性もある。腹腔鏡手術を予定しているが、場合により開腹手術かも」とのことでした。夫が説明をきいて、いろいろ書類をかいてました。

私はもうこの頃には、「はやく切ってくれ~!!!」と心の中でさけんでいました。夜遅くの緊急手術ときいて、関係者のみなさんに申訳ないなあ~と思いつつ、手術が決まってまたホっとしていました。

夫は、書類を書くよりも先に私の実家にLINEをいれてくれました。それをみた私が、「うちへの連絡はあとでいいから、書類を先に書いたほうがいいのでは?」といいましたが、夫は「でも早く連絡したほうがいいでしょ」と。

しかし、看護師さんが書類が記入できたかの催促をしに2度も病室にきました。夫はようやく書類をかたづけていました。「ほらね~」。書類にサインがないと、手術がはじめられないのでしょう。

手術室に移動です。つい数ヶ月前、子宮全摘手術をうけた記憶に新しい光景です。ストレッチャーを押してくれた看護師さんが、「手術終わったらまた、迎えにきますからねぇ~」と声をかけてくれました。このちょっとした言葉かけが、なんだか安心します。

今回ちょっと違ったのは、麻酔科医の先生が、「麻酔が点滴からはいり、眠くなりますが、そのまま流されず、なるべくそれに抵抗してください」みたいなことをいっていました。緊急手術だからか? 一応言われたとおり眠気に抵抗しましたが、努力もむなしく(?)、秒で記憶を失いました。

手術は成功

次に気がついたのは、「手術無事に終わりましたよ~。いまから病室にもどりますね~」という声が聞こえた時でした。ガラガラとストレッチャーをおしてもらい病室にもどりました。

手術は無事におわり、夫と対面しました。が、あまり記憶がありません。点滴や胃のドレーン、尿道のチューブなどの複数の管につながれていて、身動きがあまりとれません。術後なのでやむなしです。

夫は執刀医から術後の説明をきいたらしいです。腸閉塞で、腹腔鏡手術を行いました。紐状の組織に腸が絡まっていたそうです。でも壊死はなく、小腸を切る必要もなかったそうです。手術は成功しました。夫は説明をきいてから、私の様子を確認し、帰っていきました。

つづく、、、

ここまでのまとめ

  • 嘔吐にかなりの腹圧が必要なら腸閉塞を疑え
  • 早めの手術が腸の壊死を防ぐ
  • 子宮体癌の腹腔鏡手術でも腸閉塞は起こりえる

目次